オムツはお持ち帰りください

 「オムツはお持ち帰りください」
この張り紙の写真をよくみてください。オムツらしきものをつけたちいさな男の子の図案があります。あたかも、デパートなどでの乳幼児室などにありそうなものですね。これは過日わたし自身が撮ったものです。どこで撮ったか、もうすこしあとで披露しましょう。

 

 昨年の秋こぐち、寝床で目覚めたときなどに、右耳に違和感をおぼえたことがありました。指で耳たぶを押さえるとなにか液状のようなものが動くときに発する音がするのです。日中はとくに気にはならなかったのでしばらくほおっておいたのですが、そのうちすこし痛みも感じるようになり、ひょっとすると中耳炎かもしれないと疑いはじめました。ものごころついてこの病気にかかった記憶はとくにないのですが、おふくろはよく
「あんた~、小さいころ弱かったけんね~、しょっちゅう耳鼻科に行きょうたんよ」
と云っていたのを今でもはっきりと憶えています。たしかに扁桃腺はよく腫らしていたのですが、中耳炎のほうはいまいち記憶がないのです。

 

 ある日、近くの耳鼻科を訪れました。簡単な内診の結果、やはり中耳炎とのこと。数日分の抗生剤を受取って帰宅しました。家では一日三回ちゃんと薬を飲み、症状も徐々に軽快となりました。数日後約束どおりもう一度診察を受けたとき、医師から
「う~ん、良くなっていますね。じつは炎症部分の組織をとり分析にだしたのですが、リョクノーキンが検出されています」 
と一枚の分析表を渡されました。そこにはラテン語のような学名のあとに「緑膿菌」と書いてありました。
「あなた、何か老人介護のようなことをしていませんか?」

「いや、とくにそういうことは」
と答えたところ、すこし怪訝(けげん)な表情をしていました。ともかく、「リョクノーキン」ということばの響きが脳裏に残ったものの、炎症自体は完治に向かっておりひと安心。ネットでこの菌のことをしらべてみると、免疫力が落ちたお年寄りや入院患者などに感染しやすい.....などの説明がありました。その中で印象に残ったのが、その名前の由来です。傷口に感染したときできる緑色の膿(うみ)からきているとか。そういえばたしかに小さい頃足などの傷口で見覚えがあります。命名もじつにストレートでズバリ、親近感すらもてます。

 さて、菌のことはともかくいったいどこで感染したのだろう、としばらくの間いろいろと思いめぐらせたのです。まあ常識的には、頭を洗ったり、水につけたり、生活の場としては風呂とかプールとか、それ以外にとくに考えられないわけですね。あるとき、もと学校の先生をやっていた義理の兄弟がプールでの感染じゃないか、と云っていたらしいことをカミさんから聞きました。わたしが中耳炎になったことを伝えたのでしょう。確かに夏ごろから、プールやトレーニング室などを備えた施設に通い始めていたのです。なんとなくつじつまが合ってきはじめたのですが、
「プールでうつったとしても、なんで、緑膿菌なんだろう?」
と、こんどはあらたな方向に疑問が向かいはじめたのです。

 

 ところがある日、一挙に解決の方向に向かって動きはじめたのです。それは、ふたたびその施設のプールの更衣室でシャワーを浴び、着替えをしているときでした。ここまで読んでくださった諸兄諸姉は、
「そうか、さきほどのポスターはその更衣室の壁か何かに貼ってあったのか!」

とお気づきでしょう。その通り、そこで撮りました。

 近くで床掃除をしていたおばさんに聞いたところ、
「あんだ~、知らね~のすかっ? 年寄りがオムツを忘れていくのっしゃ~」
との返事。新品のオムツではありませんぞ!使用済みのが散らかっていて、そのおばさんがかたづけざるを得なかったにちがいありません。たぶん、おばさんからの苦情をうけて施設側がポスターを貼ったのでしょう。一瞬にして、わたくしの脳細胞がつながりはじめました。オムツのまま水着を召されてご入水あそばしたか、オムツはお脱ぎになったものの(脱ぐという表現が的確かどうか、むしろ外すか?)洗浄もなさらずご入水あそばれたか、真実を知るよしもありません。みなさんのご想像におまかせしましょう。さらに視点を変えてみれば、次のように云えるかもしれません。宿主がプールに来たおかげで、緑膿菌はほかの大腸菌のみなさんといっしょに、水という自由な世界へと解き放たれたのです。そして、遠泳し拡散しながらの旅の果てついにわたしの口や耳へとたどりつき、...... . これを妄想と云うか推理と云うのかよく知りませんが、因果関係はすっきりしていますね。ようするに、宿主がAからBへ変わり、Bが中耳炎を発症した、というわけです。この悲劇をもたらした元凶はAであることには疑いをはさむ余地がなく、水から上がったあと充分洗浄しなかったものぐさなBにも落度があった、と云うことになりましょうか。かくして、その日以来、わたくしはプールに入ることができなくなりました。もっぱらトレーニング室で有酸素運動と筋力アップに集中しております。

 

 ところで、オムツを召されるほどのお方が水中トレーニングに励まれていることそれ自体は高齢化社会にあってじつに結構なことです。素晴らしいことです。ただ、ひとつお願いがあります。これからはどうか、まずオムツを外されよ、つぎにオムツが被っていた箇所を入念に入念に洗浄なされよ、そしておもむろに水着を召された上で入水されよ、最後に、使ったオムツはそっと持ち帰られよ。カタカナ英語を冠しているわたしたちの施設の名前はなんだとおもいますか。訳すと「緑の園○○」とでもなりましょうか、よもや「緑の菌...」ではありません。

おあとがよろしいようで。

ある覚醒体験!

白取春彦さんのケアノート「突然苦しさ消えた ー 父の介護やるしかない」(読売新聞)(リンクはここ)「事実を認める、ありのまま受け入れる」、というある日突然の覚醒体験が記されています。

家族会員による文集「希望」はこちらから

岩手県安代の「希望の丘」への研修旅行はここ